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中国のどうでもいい話

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紅衛兵時代の李肇星

 話の腰を折りそうなので、本丸では触れなかった李肇星の現在の武勇伝を語る。誰か分からない人は、隣の写真を見ると思い出すかもしれない。

http://www.epochtimes.com/b5/6/5/14/n1318208.htm
 李肇星は文革初期には北京外国語学院の学生で、運動が盛り下がった68年には広東省の牛田洋軍農場に下放されている。李肇星は闘争を好む性格のため、外交の場において必要な物が欠けており、「紅衛兵外交部長」と称されてきた。

 彼が下方されていた牛田洋農場は1969年7月28日に毛沢東が五七指示を出した場所である。当日、12級の台風が襲来し、毛沢東の革命聖地、いわゆる「毛沢東の思想大学校」を守るため、農場の熱狂的な解放軍と大学生が防波堤を守るために向かい、553名が海に投げ出された。中でも陳漢民は毛沢東の肖像画を守るために犠牲となり、四川大学の丁紹庸は毛沢東の「忠字台」を守るために亡くなった。

 現在ではこの惨劇は革命の熱狂と愚かな産物とされているが、1998年にアメリカ大使だった李肇星は自身を「牛田洋人」と自称した。

 栄光の60年代。

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